京都地方裁判所 昭和23年(ワ)692号 判決
原告が京都市伏見区海老屋町千十五番地所在の木造瓦葺二階建一部平家建浴場、住宅、建坪約五十坪につき賃借権(賃貸人被告)を有すること並びに右賃料は一月分乃至六月分、十月分乃至十二月分は月額金五百五十円、七月分乃至九月分は月額金三百円であることを確認する。
被告は原告が右建物において浴場営業をすることを妨害してはならぬ。
被告は原告に対し原告が右建物につき賃借権を有する間被告が右建物において浴場営業をすることの許可又は認可の申請を関係官廰に爲してはならぬ。
被告(反訴原告)の反訴請求はこれを棄却する。
本訴及び反訴の訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。
二、事 実
原告(反訴被告、以下單に原告と称する)訴訟代理人は、本訴について、主文第一乃至三項同旨、同第一項前段の予備的請求として原告が同第一項記載の建物につき轉借権を有することを確認する。本訴の訴訟費用は被告(反訴原告、以下單に被告と称する)の負担とするとの判決を求め、反訴について、主文第四項同旨、反訴の訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに原告が反訴につき敗訴の場合には担保を條件とする仮執行免除の宣言を求め、本訴請求の原因並びに反訴に対する答弁として原告の義弟訴外島内庄太郎は被告より昭和十四年二月一日頃京都市伏見区海老屋町千十五番地所在の木造瓦葺二階建一部平家建浴場、住宅、建坪約五十坪(以下本件家屋と称する)を賃借し爾來同所で浴場業を営んでいたところ、同訴外人は昭和十九年七月十四日召集令状が來て、同年八月一日應召することになつたので、原告は同訴外人の跡を襲い、浴場業を経営することとし、被告に対しその旨申出たところ被告はこれを承諾したから、当時原告が京都市中京区三條通大宮東入るにおいて石橋湯と称して経営していた営業所を廃止し、本件家屋に引越し、昭和十九年七月二十八日以來原告は改めて被告より本件家屋を賃借し、同所において乾湯という名称で浴場業を営んで來たのであるが、本件家屋の賃料は当初(訴外島内庄太郎の時代より)冬期(一月から六月迄と十月から十二月迄)は月額金二百二十円、夏期(七月から九月迄)は月額金百二十円の定めであつたのに、その後被告は何かと理由をつけて値上を要求して來たので、原告はこれに應じ、昭和二十二年十月分から同年十二月分迄月額金千五百円、昭和二十三年一月分から同年三月分迄月額金四千五百円、同年四月分から同年九月分迄月額金六千円の割合で支拂つて來た。然るに、昭和二十三年七月十五日より同年法律第百三十九條公衆浴場法が施行されることとなつたので、被告は原告に本件家屋を賃貸して置くのが惜しくなつたのか原告の本件家屋の占有を無権原占有であると称して立退きを要求し、原告がこれに應じないとみると一ケ年を期限とする立退契約書に調印を迫り、同年九月初頃原告が家賃を持参した際共に差出した從來からの家賃受領証(通帳)を取上げて返さず、被告は前記の如く原告の賃借権を否認するけれども原告は右の如き賃借権を有するものである。仮に原告が前記の如く改めて賃借したものでないとしても、原告は被告の承諾を得て昭和十九年七月二十八日頃訴外島内庄太郎から本件家屋の賃借権の讓渡を受け、その後被告は原告より前記の如く家賃を受領して來たから、原告は被告に対抗し得べき賃借権を有する。仮に右賃借権の讓渡につき被告の承諾がないとしても、被告は原告が前記日時以來本件家屋を占有使用する事実を知りながら、原告より前記の如く家賃を受領して來たのであるから原告が右訴外人から明渡を受けた事実を轉借と見ても原告は被告に対抗し得べき轉借権を有する。よつて先づ原告が改めて取得した賃借権を有することの確認を求め、次に被告の承諾を得て訴外島内より讓受けた賃借権を有することの確認を求め、仮に然らざるときは轉借権を有することの確認を求め、並びに、原告が前記の如く被告に対し支拂つて來た本件家屋の賃料は法規に違反した金額であるからこれが適正家賃についても確認を求める必要があるところ、一般に家賃については停止統制額があつて、これは地代家賃統制令により最高額は、昭和二十二年九月一日より二倍半、昭和二十三年十月十一日よりその二倍半、昭和二十四年六月一日より更にその一・六倍と順次修正せられているから結局現在の家賃の停止統制額の値上最高額は、本件家屋についても、当初の賃料の十倍まで値上可能であるが、被告は原告に対し前記の如く昭和二十三年九月以降は家賃増額の請求の意思表示をしたことがないから、前記冬期の月額金二百二十円、夏期の月額金百二十円に右第一回の二倍半の修正率を乘じた金額、すなわち前者は金五百五十円、後者は金三百円を以て本件家屋の現在における適正家賃額というべきであるからこれが確認を求める。次に原告は右の如く賃借権(然らざれば轉借権)に基き本件家屋を占有しているものであるが、原告が昭和二十三年九月前記公衆浴場法に則つて浴場営業の届出をしようとすると被告は賃貸人としての義務に違反して原告が関係官廰へ提出すべき右届出の書類の作成に協力せず、却つて被告は本件家屋において原告が経営する浴場業を被告自身の営業のように仮装して右法律による届書を提出しようとする実情であつて、前記の如く被告は原告の本件家屋の賃借権(然らざれば轉借権)を否認するだけに止まらず、陰に陽に原告の浴場営業を妨害し、殊に右の如き被告の届出は、原告の届出と競合し原告の営業妨害となること甚だしく、而も被告の届出は自らの営業でないものを自己のものとする不正なものであるから、本件家屋について賃借権(然らざれば轉借権)及び占有権を有する原告は被告に対し営業妨害の廃除と原告名義を以てする浴場営業の許可又は認可の申請を関係官廰に爲すことの禁止を求めるため本訴請求に及んだと述べ、被告主張事実中原告の主張する合意解除とは当初被告と訴外島内庄太郎との間の本件家屋の賃貸借契約につき公正証書が作成されたが、右賃貸借契約は既に実体はなくなつていたにも拘らずその儘になつていたから、これを終了済ということを表わすため昭和二十三年七月十一日附契約解除証(乙第一号証)と題する書面を作成した事実を指すに過ぎないのであり、仮に被告主張通り同日迄被告と同訴外人間の右賃貸借契約が存続し、而も原告と同訴外人との関係が轉貸借であつたとしても賃貸借の解除は轉貸借に何等の消長を來たさないことは判例の認めるところであるから、原告の轉借権は有効に存在する。その他の原告主張事実については、原告の主張に反する点はこれを否認すると述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、本訴について、原告の本訴請求はこれを棄却する、本訴の訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、反訴として、原告は被告に対し京都市伏見区海老屋町千十五番地所在の木造瓦葺二階建浴場及び住宅一棟、建坪約五十坪(原告の主張と表示に多少の相違があるけれども、原告主張の家屋と同一物件であるから以下本件家屋と称する)を即時明渡せ、昭和二十三年七月十一日以降右明渡済に至る迄一ケ月金三百円の割合による金員を支拂え、反訴の訴訟費用は原告の負担とするとの判決並びに右家屋明渡の点について仮執行の宣言を求め、本訴に対する答弁並びに反訴請求の原因として被告は昭和十二年浴場経営のため本件家屋を建築し、爾來浴場業を営んで來たが、昭和十四年二月一日訴外島内庄太郎に対し公正証書作成の上これを賃貸し、同訴外人は同人の営業名義で引続き浴場を経営していたところ昭和十九年七月二十四日應召したので、同訴外人の妻の義兄に当る原告を本件家屋に呼び寄せ、留守番を兼ね同訴外人の浴場経営の手傳いをさせていたが、終戰後帰還した後昭和二十二年一月十日頃同訴外人から被告に対し本件家屋の賃貸借契約解除の申入があり、原告は当時依然として引続き本件家屋に居住し浴場業の手傳いをしていたので、これがため同訴外人から原告に対し右契約解除することとなつた旨告げたところ原告はこれに対し然るべく自由にとの返答があり、且つ同訴外人は被告に対し被告からも直接原告へ明渡の請求を爲されたいとのことなので、被告は昭和二十二年一月十二日内容証明郵便を以て原告に対し明渡を求めたが、原告はこれに應じなかつた。然しながら被告と訴外島内庄太郎との間において明示の合意の上昭和二十三年七月十一日右賃貸借契約を解除した。然るに原告は右解除後も不法に本件家屋を占拠しているので、被告は原告に対し数回明渡を要求したが、原告は原告主張の如く自己に賃借権(然らざれば轉借権)があると称してこれが明渡をしない。而も本件家屋の賃料は当初より冬期(原告主張通りの期間)は月額金二百二十円、夏期(原告主張通りの期間)は月額金百二十円であつて、被告は右の如く合意解除する迄は賃借人である訴外島内庄太郎より右各金額の家賃を受領して來たのであつて、前記の如く同訴外人應召後は同訴外人の代理と称する原告又はその妻を通じて現実に家賃金の授受をしたに過ぎず、なお昭和二十三年九月分迄の原告主張の如き高額の家賃金を受領した事実はなく、その他の原告主張事実は否認する。よつて被告は反訴請求をもつて不法占拠者である原告に対し本件家屋の明渡並びに右合意解除の日である昭和二十三年七月十一日以降右明渡に至る迄月額金三百円の割合による損害金の支拂を求めると述べた。<立証省略>
三、理 由
被告が本件家屋を浴場経営のため昭和十二年建築したこと、訴外島内庄太郎が昭和十四年二月一日頃被告より本件家屋を賃料冬期(一月から六月迄と十月から十二月迄)は月額金二百二十円、夏期(七月から九月迄)は月額金百二十円の約定で賃借し、昭和十九年七月下旬同訴外人が應召する迄同所において浴場経営を継続していたことは当事者間に爭がない。先づ原告が本件家屋について賃借権を有するか否かについて爭があるので按ずるに、証人西山留吉の証言により眞正に成立したと認める甲第一号証、証人島内ツヨの証言により眞正に成立したと認める甲第二号証、第三者の作成に係り当裁判所が眞正に成立したと認める甲第四号証、成立に爭のない甲第三、第五乃至第六号証に証人島内庄太郎、同島内ツヨ、同加納仁左衛門、同山口佐之、同村中ハツの各証言及び原告本人訊問の結果を綜合すれば、前記の如く訴外島内庄太郎が應召することとなつた際同訴外人は原告に対し自分は廃業するから本件家屋において浴場業を経営してはどうかとすすめたので、原告はその気になり予め被告に対して原告へ本件家屋の賃貸方を懇請したところこれを承諾し昭和十九年七月下旬原被告間に原告主張の如く改めて前同様の條件で賃貸借契約が成立し、原告は原告主張の場所で経営していた石橋湯を廃業し、本件家屋に引越し、爾來原告の責任と費用とを以て乾湯という名称で浴場業を経営し、昭和二十三年九月初旬頃迄原告主張の如く被告よりの数回の家賃値上要求に應じて支拂い、最終同年九月分の家賃金六千円を持参し被告においてこれを受領している事実を認めるに難くない。然るに被告は原告との間に原告主張の如き賃貸借契約を締結したことなく、原告は被告主張の如く訴外島内庄太郎の應召後の留守番兼手傳に過ぎないから、同訴外人が帰還後被告主張の如く原告に対し明渡を求め、昭和二十三年七月十一日被告と同訴外人との賃貸借契約は合意解除せられ、同訴外人應召後右解除の日までの家賃金は当初の約定額を以て同訴外人の代理人と称する原告又はその妻より現実に受領したに過ぎないと主張し、証人森川新太郎、同西山留吉、同山本久六、同西野勢以、被告本人は右被告主張事実の一部又は全部に副う証言、供述をするけれどもこれらはたやすく措信することができないのみならず又被告本人の供述により眞正に成立したと認める乙第一号証(契約解除証)中の記載によると被告と訴外島内庄太郎間の賃貸借契約は被告主張の合意解除の日まで存続していたかの様に見えるが、前掲甲第三号証に証人島内庄太郎の証言を綜合すると右賃貸借契約につき昭和十四年二月一日附の公正証書が作成され、前記認定の如く右賃貸借契約は同訴外人應召当時既に解除されていたに拘らず、形式上はその儘になつていたので、被告の申出により同訴外人が本件家屋の賃貸借に既に無関係となつていた事実を承認するため乙第一号証を差入れたものであると解すべきである。その他に前記認定事実をくつがえして被告の主張を肯認するに足る証拠がない。そうすると原告は依然として本件家屋について賃借権を有するものと認めるのが相当である。更に進んで本件家屋の賃料額について考えるに、家賃の停止統制額が原告主張の如く昭和二十二年九月一日以後三度修正されたことは当裁判所に顕著であるところ、本件家屋が昭和十二年に建築され、昭和十四年二月一日以降訴外島内庄太郎が賃借していた間は冬期は月額金二百二十円、夏期は月額金百二十円であり、原告が右同一賃料で借受けその後原告主張の如く数回被告よりの値上要求に應じ、結局昭和二十三年九月初旬頃まで現行適正家賃の最高額を遙かに超過する家賃金を支拂つて來たことは前記認定通りであるが、地代家賃統制令により地代家賃について修正があつた場合に、これら修正率によろうとする当事者はその都度相手方に対しその限度内(これを超えた場合はその限度内においてのみ適法)においてこれによる旨の意思表示を爲すことを要し、この意思表示を爲した以後の分につき新しい率によることができると解するを以て、本件において被告は原告に対し、地代家賃統制令による第二回修正率改正の日以後に本件家屋の賃料値上の要求を爲した事実がないことは被告の主張自体に徴しても明白であり(尤も被告は昭和二十四年六月四日提起した反訴において月額金三百円の損害金の請求をしているけれども、これとて第一回の修正率の限度内の金額であつて第二回、第三回の修正率による意思があることを推測することができない)他に特段の主張立証もないのであるから本件家屋の家賃は本件当事者間においては現在のところ右冬期の月額金二百二十円、夏期の月額金百二十円に地代家賃統制令による第一回の修正率(二倍半)を乘じた金額すなわち冬期は月額金五百五十円、夏期は月額金三百円を以て適正家賃とすべきである。
次に営業妨害の事実の有無殊に原告賃借期間中被告名義を以てする関係官廰に対し浴場営業許可又は認可の申請の有無について按ずるに、証人島内庄太郎、同森川新太郎、同山口幸市の各証言、原被告双方本人訊問の結果(証言及び被告の供述中前記措信しない部分を除く)を綜合すると公衆浴場法施行後の昭和二十三年九月被告は本件家屋において被告名義で浴場業を経営するため当時営業名義が訴外島内庄太郎名義の儘で残つていたので、前記應召の際同訴外人から預つていた同訴外人名義の廃業届と共に被告名義の営業届を関係官廰に提出し、原告も亦その頃原告名義で浴場業の営業届を同一官廰に提出したところ同官廰において同一家屋について二つの届が競合したため、双方の認可を見合わせ、因て原告は認可を受けられず今日に至つている事実、被告は原告に対し「風呂釜が痛んでも直すな」などと申向けた事実を推認することができる。而して賃借人は契約の本旨に從つて賃借物件を使用收益する権利を有し、賃貸人はこれを爲させる義務を負うものであるが、原告は被告より本件家屋を前記認定の如く浴場経営のため賃借し占有使用する権利を有するものであり、賃貸人である被告が前段認定の如き所爲に出ることは明らかに原告の権利に対する妨害といえるから、原告は被告に対しこれが廃除を求め、併せて右賃借権を有する間は被告が本件家屋において被告名義で浴場営業をすることの許可又は認可の申請を関係官廰に爲すことの禁止を求め得るものといわなければならない。
そうするとその他の爭点については判断を行うまでもなく、原告の本訴請求は正当として認容し、被告の反訴請求は理由がないものとして棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 前田治一郎)